2種類の独楽

写真のコマは大昔に秩父の土産物屋で買ったもので,右は「眠り独楽」左は「逆立ち独楽」である。両者はよく似た形=球形をしているけれど「底に突起があるかないか」が異なり,回したときの動作が全く別物になる。眠り独楽は直立して静かに回るので,変化に乏しくて面白くないと思うひとが多いかもしれない。一方の逆立ち独楽は徐々に横向きになったのち,突然逆立ちして軸を下に回り始めるので,こちらは確かに面白い。ちなみに当時も安かったが今でもアマゾンなどで安く手に入る。


独楽の運動は(摩擦が無視できる場合)オイラーによって運動方程式が得られ,物理(数学)的に研究され力学の教科書にも記述がある。拙著『ゼロからの 力学 II』にも書いたが,「回転速度と形状(慣性能率)に関するある不等式の条件」を満たすとき独楽は「眠る」。良い形状だと小さな回転速度でも条件が満たされる。金属軸を持つ「普通の独楽」を回すと,眠りから首振りに移行するところも観察できるが,これは回転速度が(摩擦のせいで)小さくなり「条件」を破ることによる。


一方で逆立ち独楽の運動は,摩擦の寄与が重要で,方程式による理論解析の範疇外に属し,実験研究に頼らざるをえない。今は亡き雑誌『自然』に「物理の散歩道」という連載があった。著者はロゲルギストという連名の物理学者6人である(ブルバキの物理版)。以前は岩波から出ていたが,今はちくま学芸文庫(全5集)で読むことができる。ちくま版第2集と第3集に独楽に関する記事があり,独楽の運動全般について面白く書かれている。『自然』にはその後も伏見康治先生や(前回記事の)渡邊慧先生による論説があるらしい。私も読んだはずなのだがすっかり忘れている。


他にも,戸田盛和先生の『コマの科学』(岩波新書)には特に「逆立ちゴマ」という章を設けて議論されているのでお勧めしたい。なお,遡れば古くは日本物理学会誌(1953)に今井功先生による論説記事がある(「重心が高い方が安定する」説):

https://www.jstage.jst.go.jp/article/butsuri1946/8/4/8_4_288/_pdf/-char/ja


逆立ち独楽で今でも不思議なのはその回転の向きである。逆立ちの前後で回り方が「同じ」なのである。独楽の身になってみるとわかるが,これは逆立ちする瞬間にいったん回転(自転)を止めて逆回転を始めるからこそ可能になる。それゆえこれは「角運動量保存則」ではない。それとも「広い意味の角運動量保存」なのだろうか?動画で示せないのが残念だが,是非とも逆立ち独楽を入手して自分で確かめてほしい。

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