第２２回　連分数＝無限積の商＝無限和の商（2024 Aug. 25）

$（１）$ 発端

少し前のブログ（2024.08.04）で『ガウス日記』の＃58（連分数）に関して『Ramanujan's Notebooks Part.3』（Bruce C. Berndt 編, 1991 刊）に一般化された形の公式と証明を発見した経緯を書いた。その後に別の本『Ramanujan: Essays and Surveys』（B.C. Bernd, R.A. Rankin 編，2001 刊）の G.E. Andrews による論文中に，一般化されない形での記述を見付けた。同書の (7.11) 式がそれである： \[ \sum_{n=0}^\infty (-1)^n q^{n(n+1)/2}= \frac{1}{1+}\ \frac{q}{1+}\ \frac{q^2-q}{1+}\ \frac{q^3}{1+}\ \frac{q^4-q^2}{1+}\ \cdots \] この論文は既読のはずなのだが，ちゃんと読んでいなかったようだ。もっとも当該箇所にガウス日記への言及はなく， Eisenstein のみが引用されている。とにもかくにも，未だよく分からないのは「これは一体何なのか」「収束域外の発散級数の値は如何に求まるのか」などの問題である；楕円関数と関係があるには違いないのだが。

ところで，ヤコビのテータ関数を介して \[ 楕円関数＝無限積の商＝無限和の商 \] の関係があることはよく知られている。表題の意味はそのアナロジーとして一連の「連分数の恒等式」が捉えられるのではないか，という妄想を表明したものである。連分数は「行列式の商」として表すことができるので，もしもそれらの行列式が「因数分解」されるならば，表題の等式が実現するからである。その実例は，有名な Rogers-Ramanujan 恒等式の場合で \[ \frac{1}{1+}\ \frac{q}{1+}\ \frac{q^2}{1+}\ \frac{q^3}{1+}\ \cdots =\prod_{n=1}^\infty \frac{(1-q^{5n-1})(1-q^{5n-4})}{(1-q^{5n-2})(1-q^{5n-3})} =\frac{1+\sum_{n=1}^\infty (-1)^n\left(q^{n(5n+3)/2}+q^{n(5n-3)/2}\right)} {1+\sum_{n=1}^\infty (-1)^n\left( q^{n(5n+1)/2}+q^{n(5n-1)/2}\right)} \] となっている。一方で，上記のガウス連分数の場合はこの妄想の単純な実現にはなっていないので，もう少しややこしい事情が背後に隠れていると思われる。

$（２）$ 連分数の恒等式

この Andrews 論文には，この他にもいろいろと面白い恒等式が載っているので，そのいくつかを紹介したい（ただし順番と記法を少し変えてある）。最初の例は，ガウスの場合とよく似ているが，右辺の連分数に奇数次項が抜けている \[ \sum_{n=0}^\infty (-1)^n q^{n(3n+2)}(1+q^{2n+1})= \frac{1}{1+}\ \frac{q^2-q}{1+}\ \frac{q^4-q^2}{1+}\ \frac{q^6-q^3}{1+}\ \cdots \] というもの（同書の (7.14) 式）。なお，左辺は \[ 1+\sum_{n=1}^\infty (-1)^n\left( q^{n(3n+2)}-q^{n(3n-2)}\right) \] と書き換えたほうが対称性がいくぶん見易い。この論文には他にも対称性が見難い表現を持つ公式がいくつかある。以下では「対称性が見易いと私が思う表式」に断りなく換えている。じつは「ヤコビの３重積公式」の派生物に \[ 1+\sum_{n=1}^\infty (-1)^n\left( q^{n(3n+2)}+q^{n(3n-2)}\right) =\prod_{m=1}^\infty (1-q^{6m})(1-q^{6m-5})(1-q^{6m-1}) \] というのがあり，この左辺は上記の左辺とよく似ている（符号が微妙に異なる）ので，なんらかの関係があるに違いない。以上の類似として，ガウス連分数の場合の左辺を \[ 1+\sum_{n=1}^\infty (-1)^n q^{n(n+1)/2} \quad\Longrightarrow\quad 1+\sum_{n=1}^\infty (-1)^n \left( q^{n(n+1)/2}+q^{n(n-1)/2} \right) =\prod_{m=1}^\infty (1-q^m)(1-q^m)(1-q^{m-1}) \] と変えると，この右辺は「じつは恒等的にゼロ」になる。一方で \[ 1+\sum_{n=1}^\infty (-1)^n q^{n(n+1)/2} \quad\Longrightarrow\quad 1+\sum_{n=1}^\infty (-1)^n \left( q^{n(n+1)/2}-q^{n(n-1)/2} \right) =2\left(1+\sum_{n=1}^\infty (-1)^n q^{n(n+1)/2}\right) \] と変形すると，結果は「元の左辺の２倍」になっている。それゆえ，ガウス連分数は「これら２種の左辺を加えて２で割ったもの」と見ることもできる。

閑話休題。今度は表題の関係が実現している例をあげよう。同書 (7.12) 式と (7.13) 式の２つがそれらである。無限和の商の表式を補って書けば，それぞれ \[ \frac{1}{1+}\ \frac{q+q^2}{1+}\ \frac{q^2+q^4}{1+}\ \frac{q^3+q^6}{1+}\ \cdots =\prod_{n=1}^\infty \frac{(1-q^{6n-1})(1-q^{6n-5})}{(1-q^{6n-3})^2} =\frac{1+\sum_{n=1}^\infty (-1)^n\left(q^{n(3n+2)}+q^{n(3n-2)}\right)}{1+2\sum_{n=1}^\infty (-1)^n q^{3n^2}} \] および \[ \frac{1}{1+}\ \frac{q^2+q}{1+}\ \frac{q^4}{1+}\ \frac{q^6+q^3}{1+}\ \cdots =\prod_{n=1}^\infty \frac{(1-q^{8n-1})(1-q^{8n-7})}{(1-q^{8n-3})(1-q^{8n-5})} =\frac{1+\sum_{n=1}^\infty (-1)^n\left(q^{n(4n+3)}+q^{n(4n-3)}\right)} {1+\sum_{n=1}^\infty (-1)^n\left(q^{n(4n+1)}+q^{n(4n-1)}\right)} \] となる。無限和の商に書き換えるには，無限積の分母・分子にそれぞれ $(1-q^{6n})$ と $(1-q^{8n})$ を共通に掛けて，ヤコビの３重積公式を用いれば良い。

以上から，次のような問題が生じる。

問題：「無限積の商＝無限和の商」の関係があるものは連分数表現を持つか？

というのも，ヤコビの３重積公式を用いれば上記のような「無限積＝無限和」の恒等式を系統的に作ることができるからだ。例えば，RR恒等式の安直な類似物として \[ \prod_{n=1}^\infty \frac{(1-q^{7n-3})(1-q^{7n-4})}{(1-q^{7n-2})(1-q^{7n-5})} =\frac{1+\sum_{n=1}^\infty (-1)^n\left( q^{n(7n-1)/2}+q^{n(7n+1)/2}\right)} {1+\sum_{n=1}^\infty (-1)^n\left( q^{n(7n-3)/2}+q^{n(7n+3)/2}\right)} \] という恒等式が考えらえる。問題は「これが表す連分数はどんなものか」ということで，少し前からあれこれ弄っているのだが，未だ正解に辿り着いていない。おそらくは「問題の立て方が悪い」のであろうが，答えだけでも教えてくれる「ナマギリ女神」はいないものか。

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