リーマンの電磁気学

ずいぶん前に雑誌「数理科学」から原稿依頼があり,その時2つの話題を提案してその内の一つが採用されたことがある。一つは実際に掲載された「ファインマンによるマクスウェル方程式の導出」(数理科学2011年1月号,原稿を ArXiv に収載)で,もう一つは「リーマンの電磁気学」という幻に終わった原稿である。後者について少し書いておきたい。

あまり知られていないことだが数学者リーマン(1826-1866)には死後に出版された電磁気学の論文がある:Poggendorffs Annalen der Physik und Chemie 131 (1867) 237-243 がそれで,この雑誌はドイツ物理学会誌 Annalen der Physik の前身である。ちなみにこの論文はネット上で自由に読むことができる。

ラウグヴィッツの『リーマン 人と業績』(シュプリンガー)によれば,この論文は1858年に投稿されたもののリーマン本人により一旦撤回されたらしいが,マクスウェル・へヴィサイドに先立って「遅延ポテンシャル」を導入した先駆的論文である(写真参照)。ちなみにマクスウェル方程式は1864年に提出され,これから導かれる波動方程式の解として遅延ポテンシャルが得られる。言い換えるとリーマンはマクスウェル方程式自体は知らないがそれが含意する結果は知っていたのである。

論文はまずガウスの「荷電分布によるクーロンポテンシャル公式」を拡張して,時間依存の波動方程式の解である遅延ポテンシャル公式を導く。次にそれをテイラー展開して,その低次項として当時有名な「ウェーバーの公式」が得られるというのが論文の趣旨である。ウェーバー公式は今では忘れられた近似公式に過ぎないから後半部分は今となっては余計である。またラウグヴィッツ本によればクラウジウスによる批判(不正な「積分の順序交換」)があったというがこの論難は正しくないと思う。

最近出版された筒井泉『電磁場の発明と量子の発見』(丸善)に上記逸話がないことで昔を思い出したのが本稿の動機なのだが,たいへん面白い本なのでお勧めしたい。上記のもう一つの話題「ファインマンによるマクスウェル方程式の導出」すなわち「ゲージ理論の発見」の歴史についても書かれている。

(2/17 追記)H.ウェーバー編集の『リーマン全集(全558P, 旧版)』がネットで入手できる;当該論文はその第14番目(P.288)にある。シュプリンガー社の新版(全911P)は学生筆記の講義ノートやワイルとジーゲルなどの論文を追加したもの。なお,編者の H.ウェーバーは数学者で,文中の物理学者 W.E.ウェーバーとは別人である。

W.E.ウェーバーはニュートン流の遠隔作用論者だったそうだが,ニュートン自身はベントレー宛の手紙で近接作用を示唆しているというから皮肉である:この手紙4通もネットで読むことができる。この論文のリーマンはもちろん近接作用論者なのだが,何故ウェーバー公式の導出で満足したのか;その辺りが撤回の理由かもしれない。つまり,一旦は主流派である遠隔作用論に迎合したけれど,やはり近接作用論で全面的に書き直そうとした,というのが私の解釈だ。


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