タゴール詩集から

難産だった本の原稿が最近一つ完成した。まだ無事に出版されるかどうかは未定だ。序文に添えようかと思ったけれど(あまりにキザなので)断念した詩を紹介したい。大昔にこれを読んだときは「事物の仙境」(フェアリーランド)という言葉に痺れた。


「私は毎日通いなれた道を…」(山室静訳『タゴール詩集』(角川文庫)より)

私は毎日通いなれた道を行った。私は私の果物を市場に運び,私の家畜を牧場に追い,流れをよぎって私の小舟を渡す,そうして道は隈なく私に熟知されていた。

ある朝,私の小籠は商品で重かった,人々は野にいそしみ,牧場は家畜であふれ,大地の胸は熟れゆく稲穂のさざめきで波打っていた。

突如,ある韻律が空をよぎり,そうして空が私の額にくちつけたかと思われた。霧の中から立ち現れる朝のように私の心は躍り立った。

踏みなれた道を辿ることを忘れて,幾足か私は小径から踏み出した。と,馴染みの世界がたちまち見なれぬ姿を呈した,蕾でのみ知っていた花がつと開いたように。

私の日ごろの智慧は羞かしい思いをさせられた。私は事物の仙境に迷い入ったのだ。あの朝私が路を失ったのは私の生涯の最大の幸運であった,私は私の永遠の少年時代を見出したのである。

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