新しい数学記号が受容されるまで
ここしばらく論文書きをしていてブログの投稿が滞ってしまった。やっと完成したので一息ついてこれを書いている。その原稿は雑誌に投稿したのち arXiv にもアップする予定である。
表題はその原稿書きで遭遇したことの話。以前にどこかで書いたのだが,ワイルの名著『リーマン面』にはあまり知られていない英語版(第3版)があって,田村二郎訳の日本語版とはかなり異なっている。特に目に付くのは新記号を導入していることで,exp(2\pi i x) を ex(x), sin(2\pi x) を si(x), cos(2\pi x) を co(x) などと書いているのだが,これらの記法は一般には普及していない。特に記号 ex(x) には先駆があり,有名なデデキントのエータ関数の論文には exp(2\pi i z) を 1^z と書いていてちょっと驚いた。exp(2\pi i) は確かに1であるから,規則 e^{ab}=(e^a)^b を認めれば間違ってはいないのだが人騒がせではある。
いまでは exp(2\pi i x) を {\bf e}(x) と表わす記法が受容され一部で通用していて,私も今回採用してみた。しかし,あとでジーゲルが exp(\pi i x) を \varepsilon(x) と書いているのを見掛けた際は笑ってしまった;確かにこうすればテータ関数を書くとき 1/2 を付けずに済むからである。分数を使うと数字がどんどん小さくなって老眼には辛いが,今度の論文にはその分数がたくさん出てくるのだ(笑)。
古い時代には冪乗を書くとき,2乗までは xx と書き3乗から初めて x^3 などと表わす習慣があった。実際オイラー,ガウスやアーベルの原論文を見るとそういう記法が使われている。以前の論文で触れたことだが,力学ポテンシャルの符号を逆にする習慣が数学界隈でヤコビに始まりしばらく続いていたこともある。数学者の中には独特な感性や信念の持ち主がいて,それはそれで良いのだが,それが用語や記号にまで影響すると厄介である。特にそれが通常の用法と異なる場合には注意が必要である。私にも実際に誤解して気付くまでしばらく悩んだ経験がある。
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